アウイエー!!

エッセイ

『ピロウズ解散』

仕事後に何気なく開いたニュースが目に飛び込んだ。

その瞬間はショックよりも辛うじて驚きが勝った。もしミスチルが解散すると発表しても、ここまで驚かない気がする。なんて比較しようのない事象を想像することで、ライブに行けなかった後悔や適切に表現できない感謝みたいなものをまとめて飲み込んだ。事実を咀嚼することは後回しにしよう。

開いたままのコメント欄には、お疲れ様でしたとか、ありがとうございました、とか既に書かれ始めていて、35年の長い活動のどこかで支えられたファンもまたひとつのピリオドを打っていた。

ちょっと待ってくれ。

とりあえず落ち着こう。

一旦落ち着こう。

バスターズを自称できるような言動を外側に向けたことはない。耳から入った音楽は常に内側の内側へ向かって鳴り響いていた。振動が真芯に届き、全身を震わせた。魂が震えた。伏せた顔が自然と上がった。止まった足がまた一歩踏み出せた。

下を向いた数だけ、立ち止まった時間だけ聴いてきた。

「人生を救われました」

ありきたりだけどこれだよな。

ピロウズを聞きながら電車に乗る。ちゃんと泣きそうになる。今ここにいることも彼らの音楽があってこそな気がする。それってあなたの感想ですよね?いや、私にとってこれはファクト。

子供の頃、田舎者の少年の話題はテレビが中心だった。音楽は流行りのそれしか知らなくて、そしてそれで十分だった。でも誰と過ごしても何をしてもつまらない時間が必ずあって、十分じゃ足りなくて、十二分を求めた。

自分だけの何かを見つけたい。

田舎の少年にとって音楽はとてつもなく遠い存在だった。書店の上のフロアにレンタルショップがあったが、少年が足を踏み入れるような場所じゃないような気がしていた。

少年が音楽を好きになってみようかなと思った瞬間を覚えている。能動的になった瞬間を。深夜の音楽チャートでいつも流れる曲が気になった。それはミスチルだった。

ミスチルをきっかけに音楽を聴くようになった。
落ち込んでも、退屈でも、間違っても大丈夫だった。

この頃はピロウズなんて全く知らなかった。

※ ※ ※ ※ ※ 

光と影(なんて言ったら怒られるだろうか)みたいな。

10代の瑞々しさが20代の痛々しさに変わると、眩しさに暗むことがある。

誰とも分かち合わなかった(分かち合えなかった)ことはひっそりと胸の中にしまい込んでいく。

※ ※ ※ ※ ※

ピロウズは私の代弁者だった。

非生産的な日々を後悔しても遅いが、非生産的な日々だったからピロウズに惚れた気がする。

心の奥の奥に響く音楽が、しまい込んだ想いをいつも呼び覚ます。

今や日本アニメは共通言語に近いツールだが、誰ともフリクリの話をしたことはない。「けいおん!」がクソ流行っても、山中さわこのモデルが山中さわおから来てることを知っていた人はいない。バスケ部とあひるの空を読んでもピロウズの話題になったことはない。カラオケで「Funny Bunny」を歌っても元曲を知っている人はいない。

なんでこんなに良いのに…!!

あーひとりだよ。あんた達が解散しちまったらいよいよひとりぼっちなんだよ。

※ ※ ※ ※ ※

帰宅したらすでにトップニュースからそれは消えていた。

だから、待ってくれってば。

ピロウズだけは老いぼれていく様さえもイカした音楽にして、カッコいいジジイを見せてくれると思っていたのに。

With the kids sing out the future.
Maybe, kids don’t need the masters.
Just waiting for the little busters.

the pillows「LITTLE BUSTERS」(作詞:Sawao Yamanaka)

ありがとうピロウズ。
あんた達の音楽はいつまでも鳴り続けるよ。

あぁ、もうひとつ後悔している。

ギター弾けるようになりたかったな。

今からでも遅くないって?
くそ、俺は今かき鳴らしたいんだよ!!

弾けないからこうやって言葉を並べるしかない。
ピロウズを聴きながら。

ピロウズが解散して落ち込んだからピロウズで元気付けるなんてどうかしてるぜ、ほんと。

ほんと、最高だったな。

アウイエー!!

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