良い意味で平々凡々とした年末年始だった。
毎年、普段できないことを詰め込みすぎたり、空いた時間に何かを調べ過ぎたり、時には張り詰めた緊張の糸が切れて体調を崩したり。積んだ積み木が崩れるようなリセットをしていたが、今回は予定通りにゆっくり過ごせた。
興味のままに本を数冊読んだ。この時期はどうしても生活や健康、そしてライフプランの見直しのために自己啓発本を読む習慣がある。
その界隈の本を開くと、テーマに揺り戻しはあれど、本質的なところは10年前から大して変化がない。だからこそそれが本質だとも思える。今の自分に合った新しい情報を取り入れつつ、変えなくていいことを確認した。
家電を買い換え、時間を見直し、健康的な生活習慣を立て直す。
お金より時間、時間より健康、健康より能動的に生きる態度が人生に重みを与える。
受動的な勉強や習い事、そして仕事の経験は加算はできても乗算にはならない。能動的な姿勢は非線形の世界を生きる。
最新テクノロジーと勤勉な効率化の果てに、最適化した自分がいる。あけましておめでとう。新人類。
最適化した結果、そこがスタートだと知る。最適化は手段であって生きる目的にはなり得ない。正月に訪れた大絶滅展で、自己中心的な最適化の価値を知る。
何の意味もない。
やらされる習い事、やらされる部活の練習、やらされる受験勉強。
土台のないところに知恵は積み重ねることはできない。つまらない人生を反転させるきっかけは自ら動くことだ。
AIと競う必要や、他者と比べる必要なんて本当にないのだと思う。できること、やりたいこと、求められることのバランスは永遠の課題であるが、再現性のある資金運用や、機械やAIの発達によって労働の意味は変わっていくと思う。
社会と繋がるためにはたらく。ならば、やりたいことを仕事にする比重が増えていく。そして趣味に求められることを求める必要性は薄れていく。
やりたいこと、その中でできることを煮詰めて、それを求めてくれる人が1人でもいるならそれでいい。
仕事がまた始まり、自分が担当する患者から多くを受け取る。
事故によって職を離れ、想像を超える困難と向き合いながら再就職に向かう人、救急医療で働きながら時間を切り詰め、進学に向かう人。
最適化した自分が高みの見物とならぬように。
同じ目線の高さから背中を押してあげられるように。
最適化して、新しくまたスタートする。
昨年に子供達と一緒にハマったヒロアカに、強いヒーロー像と救けるヒーロー像が描かれていた。
そのどちらも大切で、今は少しだけ、誰かを救けられる自分でありたいと思う。

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