先輩風3

エッセイ

久しぶりに後輩夫婦に会った。

そういえば後輩との飲み会における先輩の振る舞いについて、反省ノートよろしく、反省エッセイを残したなと読み返してみたら、まずは時の早さにおののいた。

そうだ、初めて「正しい先輩風の吹かせ方」の難しさを認識したのはコロナ禍での飲み会だった。

当時、後輩夫婦を前にして自分語りをぶちかまし、大いにやっちまったと反省した。

それから、彼らにちょくちょくと会ってはお酒を交わし、その度に「人生とは」を語って喋りすぎたなーと頭を掻きながら帰るのを繰り返す始末だ。

今回もお店の予約は後輩がしてくれて、そのスマートな初手によって、既に気圧配置はばっちり先輩風が吹き荒れる予報が出た。

「聞く7:喋る3」くらいのバランスが適切と仮定して臨んだが、最初の10分程でその陣形は崩れ、戦局は逆転し、帰る頃には「聞く1:語る9」になっていた。

圧倒的優位性による圧倒的勝利。

いや、そうじゃない。

やはり今考えても、正解は「7:3」くらいだと思う。

次回は「7:3」からグラデーションのように緩やかに「1:9」に持っていけるように心がけよう。

いや、だからそうじゃないって。

「7:3」を死守しろって!

当たり前だが、お互い同じ数だけ年を重ね、最初に出会った頃の私の年齢に彼らが追いついた。

そうすると話題も少しずつ変わっていく。自分があの頃歩んだように、色々と道を模索したり、ぬかるみに足を取られながら必死で進む後輩を見て、頼もしく、羨ましく、輝かしく思う。

そういった姿を見られるのは先輩の特権なんだろうな。

って、そんな呑気なことを書いてる場合じゃない。

ちょうどいい先輩風を吹かせるためには、こちらの気圧が弱まってしまってはいけない。

いや、待てよ。

先輩風がそよ風へと徐々に穏やかになる方がいいんじゃないだろうか。

それとも、このまま強めの先輩風を吹かせながらいくべきだろうか。

相変わらず、先輩をやるのは難しいものだ。

コメント