「地球が何回、回った時?」
子供達の会話の中から懐かしいフレーズが聞こえる。
脈々と受け継がれている煽り文句。我が家では兄妹喧嘩がヒートアップしていく合図だ。私は面倒ごとに巻き込まれたくないので、さながらリング上の名レフリーのように言葉を割って入る。
「まだ言うんだなそれ」
生物的な情報を引き継ぐ遺伝子(gene)と、文化的な情報を引き継ぐミーム(meme)
そう思うと、私たちも子供の頃に、知らず知らずのうちに口にしながらミームの継承に参加していたんだな。
思わぬところで感慨深くなる。
「なんか〇〇が言ってた」
言葉はとても便利な発明だ。だが、それを使いこなしている自信はない。
ショート動画のそれは音楽的センスや映像的センスに直接アクセスして、ハックしてくる気がするし、言語的なセンスは流行語として短縮形に丸め込まれてしまうのでなんだか好きじゃない。
世間や市場のターゲットの重心となる年齢はとうに過ぎていて、「ユニバ」ですら口が馴染まない。仕事中の女性や学生との会話の中でもいちいち「ユニバーサルスタジオジャパン」と言い直している。
流れに逆らえないなら、せめて乗りたい波に乗りたい。
週末に公園に行って、子供とキャッチボールをして、工作をして、実験をして、ゲームをする。
子供が離れる前にやりたいことをやっておく。テストで良い点を取れる子供よりも、あらゆる興味に素直な子供でいて欲しいと思う。近隣の少子化したエリアの小学校が次年度からサイエンススクールとして全域から児童を募集するらしい。来る不確実な未来に向けて、理系科目や英語に力を入れるってことが売りらしい。
ならば父は、それらをこの手で教えてやるよ、なんてどこの誰も見てないし、妻すら気にしてないけどムキになってみる。
仕事中に、隣のベッドから聞こえる会話が耳に入る。90歳を超えるであろう患者がとある大病院で優しくされなかったと愚痴を捨てている。昔はこうじゃなかったのにあんまりだ、と。
申し訳ないがそれは全然違うよ。それは現場ではなくて政治に向けて発散しておくれよ。あなたのわがままな物語に巻き込まないで欲しい。医療はサロンではないし、あなたの思い通りに何でもいくと思わないで欲しい。変化を嫌う人の圧が嫌いだ。自分で未来を選ぼうとしない人が苦手だ。私は老いゆく中で、狭まる阿弥陀くじだとしても、結末が見えていたとしてもそのプロセスを楽しむ姿勢を保ちたい。
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現役NBAプレーヤーである八村塁が、新天地へ挑戦する場所を変えながら、次世代の子供たち、そして日本のバスケ界のために取り組んでいる活動を拝見した。
プレーヤーとしての挑戦と、リーダーとしての挑戦。
いちバスケファンとして尊敬してやまない。
ひとりの選手の挑戦がうねりを上げて日本を巻き込んでいく様子をこれからも応援していきたい。
これから後輩がひとり職場に増える私としては、臨床最前線に立ち続けながら、臨床教育、そして研究を両立させていきたい。挑戦をやめない。それは国境ではないが、学問の高い壁を超えて、うねりを上げて大きくなっていくはずだ。
久しぶりに公園にバスケットボールを持っていって、空に向かってシュートする。
たった一本のシュート。ボールがネットを潜る音が聞こえる。あらゆることを解放していく音。読書より、ランニングより、瞑想よりも最高に気持ちが良い。
やってきたことを足腰にして、やってみたいことに立ち向かう。
景気づけにもう一度シュートする。バスケ歴より仕事歴の方が上回った身体で放ったボールは、リングに弾かれ手元に戻ってきた。
地球が何回回ったって、人は運動を止めることはない。

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