抱えていた課題を手放し、身軽になった身体が向かうのは本屋。その空いた両手を埋めたくて、気の赴くままに本棚へ手を伸ばす。
頭の賢い部分が見ていない間に、コンビニスイーツに手を出す感覚と違わない。
今日は何にしようかな。
「体験格差」
そのタイトルに手が止まった。
最近、私を取り囲むフィルターが差し出してくるキーワードのひとつ。動画でもAIでも、ある程度情報は仕入れることができるが、興味のあるそれに関して最低限の土台のような部分を作りたい。そんな時はやはり紙の本が1番良い。
たとえ緊迫する社会情勢でも、自分の生活との繋がりが見えなければどこまでも他人事として捉えてしまうのは仕方のないことかもしれない。
逆にほんの少しでも生活との重なりがあると知らないことが怖くなる。遠くの県の電車が止まれば、私の仕事にも支障があると不安になる感覚と違わない。
小学生の子供が夏休みに入ると途端に家庭のタスク量が増える。
宿題どうしようか。
旅行どこいこうか。
いつもと何ら変わらない仕事の合間を縫い、時間を捻出する。
たった6回しかない小学生の夏休み。そう思うと子供達のためというより、親である私たちのために頑張らないとな。今しかできないことが山ほどある。
息子がドリルに取り組む部屋の外で蝉が鳴く。
仕事から帰ると、伸びてきたひまわりと捕まえてきたクワガタが出迎える。
プールで隠しきれなかった首筋が痛い。
夏が駆け抜けて行く。去年よりも幾分かお手柔らかな夏が、本来の煌めきを解き放つ。
幼い頃に父が手伝ってくれたように、息子と一緒に工作をコツコツと仕上げていく。
息子は最初、電気で動く自動販売機が作りたいと言った。
なんだそれ。面白すぎる。
AIよりもGoogle、Googleよりも図書館。タブレットの先に広がる無制限な情報は、子供の手で掬えるほど密度は高くない。
息子に汗をかかせる。司書さんに役立つ本があるか聞いて数冊の電子工作本を借りた。テクノロジーを乗りこなすには最低限のお作法と手順がある。
広げた白紙に調べたことを並べていく。習った文字、漢字を使う。時に定規で線をひき、センチメートルとミリメートルを混乱しながら測る。国語、算数、理科、社会。習った知恵を引っ張り出すとちゃんと学んでいることがわかる。
自由工作ってそのためにあるのかな。
親になって宿題の意義に気がつく。
自動販売機は好奇心によってエスカレーターへと姿を変えた。完成したエスカレーターのスイッチを入れると、ギアが噛み合い、ステップが緩やかに上昇した。
ダンボールの切れ端と、ラップの芯と、ギアとモーターと電池。
どこにでもある材料が、組み合わさって一つのシステムを形成する。
かけた時間と労力をエネルギーに、ステップがカタカタと循環する。思い出を乗せて、また来年も夏が来る。

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