塵芥を集める

Podcastを始めて、着々と楽しい日々を築き上げている。気分は上々。長く遊び続けることのできる遊び場で、どこにも出すことのない日常生活の切れ端を集めてモザイク調の絵を描く。そのうち作品と呼べるような集まりになる気がしている。

こんな簡単なことで良かったのかと、肩の力が抜けてはじめて、自然なフォームがとれる。文字を読めることが嬉しいような、線をひくだけで楽しいような。

ポッドキャストプロデューサーが呟いた「リスナーがひとりでもいれば成功」という一言に救われた。

通りすがりのリスナーが問いかけた「非効率の価値」の一通に救われた。

介入後の患者が発した「楽になりました」の一言で、明日もまた救われる。

感性の秋は、人間性を取り戻すにはこれ以上ない季節で、街々から発せられる信号を受信する。


どうぞお構いなく。


スマホを持ち上げると手が自動的に画面をタップする。

あの時は夜道を照らす灯台の灯りだと思って進んでいた。気づくと光に誘き寄せられる羽虫のようだった。

繋がっているようで何にも繋がっていなかった。
得られたものを数えると、あまりにも少なかった。

たった数十センチの長方形の無機物。それに寄生されているような強烈な違和感に、気付かないふりをしている。

何かをずっと勘違いしているのだと思う。それに気付いたとしても、もう手遅れなのかもしれない。

狭める練習が必要だ。拡張と成長を信じてこのまま進み続けることに危機感を覚えている。まぁ、突き進む体力や気力が年相応になってきただけかもしれないけれど。

物理学では緻密でミクロな世界を覗いているうちに、壮大な宇宙に繋がる。

Podcastはとても矮小な生活圏における、塵のような時間が積もったものだ。それを足場に世界を観察する。

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