理学療法士が何言ってんだって話だが、人とのコミュニケーションに慣れない。
もう少し説明を加える。仕事じゃないコミュニケーションや、役割がない場でのコミュニケーションに慣れない。さらに説明を加えると、コミュニケーション自体は嫌いではない、と思う。むしろ人との関わりは好きだと思う。ただ、何の役割もない「オフ」の自分ではコミュニケーションの距離感を掴みきれないまま終わるのが大体だ。
会話の応答、というか心の応答のゲインが高い。これはもう生まれ持った性質なので仕方がない。おそらく入力に対する出力比が高い。
顔見知りはともかく、赤の他人が自分に興味なんて持つわけなかろうにとノーガードでいるところに、善意を含んだジャブが飛んでくると食らってしまう。
美容室の帰り道に、寄るつもりのないスタバに立ち寄る。
寄るつもりがないということは飲むつもりがなかったものを選ぶ必要がある。私はコーヒーが好きだが、だからといって豆の産地にこだわりがあるわけではない。しいて言えば、酸味より苦味の効いた深煎りのものが好きなくらいだ。寄るつもりがある時は少し贅沢にプレスコーヒーなんて頼んで、黒いエプロンを下げた店員さんにおすすめは何かなんて尋ねたりする。なのでスタバでのコミュニケーションは行くと決めて、こうやって過ごすぞと決めていくので先手必勝、先行逃げ切り型である。
今日はふらっと寄ってしまった。休日のひとり時間がないと、役割がない自分を見失う。
美容院は小さめの、夫婦で営んでいるところじゃないと落ち着かないので、昔からそういうところを見つけてきた。髪型にこだわりを持ったことはなかったけど、歳とともに髪質が変化してきて、ヘアケアの相談が増えてきた。学生時代からスタイリング剤なんて使うのが面倒で避けてきた。服はユニクロと無印があれば充分で、最近そこにGUが加わった。ファッション感覚の感度は低い。
役割も見た目にも、こだわりがない自分が美容院で楽しいと思うのは、顔の知れた美容師さんとの会話なのかもしれない。
患者とも、美容師さんとも、長い付き合いとなると生活を超えて人生が見えてくる。
雑談という名の、ひと通りの情報交換を済ませると、仕上がった髪型に何の不満もなく(信頼してるし)、むしろコミュニケーションできたことに満足している自分に気付く。これを自分が働く立場で考えると、目的を間違えた結構厄介な患者かもと少し不安になるが、さすがにリハビリと美容院は違うよねと思いたい。どっちも満たせる仕事が凄い。
ひとり時間を求めるわりに、コミュニケーションを求めているのは自己矛盾ではなかろうか。いや、役割のない自分をいちからやり直しているのだろう。
美容師さんとの会話に当てられて、寄るつもりがないスタバに立ち寄った。
決めてる間に、後ろに人が並び始めたので適当に季節のオススメっぽい安納芋のケーキを選んだ。本当はプレスコーヒーを頼んで店員さんにオススメを聞きたいところだが、後ろの人を待たせるのが気になってブレンドにした。
「今日はお休みですか?」
スタバのお兄さんからキャッチボールが始まって、慌ててグローブを取り出す。
「お家は近いんですか?」
今度は落球しないように投げ返す。
「ええ、美容室の帰り道で、つい寄りたくなって」
「このケーキ、以前に欠品になってしまったやつで人気なんです。温めて食べるのがおすすめですが、いかがですか」
「お願いします」
寄るつもりがなかった場所と頼めなかったコーヒー。頼むつもりがなかったケーキと想定してなかった言葉のキャッチボール。
例え、マニュアルの一連の流れだとしても嬉しいものは嬉しい。
「楽しんで下さい」
本がなくても立ち寄って良かった。
安納芋のケーキが美味しくて、店員さんの愛想がいいスタバだから、いつもよりも饒舌なエッセイが書けたと思う。

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